幼い頃の在宅ワークの思い出、そして現在

幼かった私にとって、在宅ワークは身近なものでした。もっとも、当時はこんなにおしゃれな呼び名はなく、内職と呼んでいましたが。
そう言う意味では在宅ワークではなく正式名称は内職在宅ワークになるかもしれません。
私は東京郊外の住宅地にある社宅で育ちました。父は大企業の関連会社で働いていましたから、生活には困っていなかったのですが、都内に一戸建て住宅を買いたいという目標があったようで、必死に働き、貯蓄に励んでいました。
母も父を支えるために働こうとしましたが、女性の大学進学率が今よりも低い時代でしたし、母は地方から上京してきたために世間に詳しくありませんでしたから、なかなか仕事が見つかりません。そんな中、父の同僚が内職を紹介してくれました。
今にして思えば、母の内職を手伝ったのが、在宅ワークと私の出会いでした。箱のトレイに入った電子部品はまるでおもちゃかお菓子のようでしたから、私は母の苦労も知らず、面白がって見ていました。内緒で私に手伝わせてくれることもありましたし、その時は、ご褒美に駄菓子屋で何か買ってもらうことができました。
その後、私は成人し、それなりの会社に就職して、無事に定年まで勤め上げました。両親が購入したマイホームは、二人が他界したことにより売りに出してしまいましたが、そのおかげで私と妻の生活は助かっています。
退職後は、趣味のゴルフや写真撮影を楽しもうと思っていたのですが、他人に誘われなければなかなか外に出る気になれません。しかし、一日中家にいては気が滅入り、自分の存在を疑問に感じてしまいます。そこで、お小遣い稼ぎと社会貢献を兼ねて、在宅ワークを始めました。
今ではパソコンとインターネットを使った在宅ワークが主流ですが、幸い私は若い頃にマイコンの工作やプログラミングをしており、その後もパソコンには日常的に触れていましたから、年齢のわりには詳しい方だと思います。会社勤めで培った交渉力もありますから、額は現役時代に遠く及びませんが、安定的に仕事を受注できています。
私の母が苦労して部品を組み立てていた頃と違って、今は簡単に在宅ワークができる、非常に恵まれた時代になりましたね。文明の進歩に感謝しています。

皆さんはこれから在宅ワークの思い出をつくっていくと思うんですけど、内職在宅ワークは楽しい思い出ばかりではないって事は覚えておいて下さい。辛い経験などもするかもしれませんが、それも一つの思い出としてしっかりと受け入れるように!!それが一番大事です。

辛い経験も成功すれば笑い話になるので、本当に面白いですよ!!

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